民法

札幌ドームのファウルボール訴訟、日本ハム球団、失明した第一審原告とも期限までに上告せず

札幌高裁、札幌ドームでファウルボールで失明した女性が提起した損害賠償請求訴訟の控訴審で、日本ハム、札幌ドーム、札幌市に賠償を命じた一審に対して、日本ハムのみに責任を認める

下記tweetで取り上げた事件の控訴審判決が出ました。

 

ファウル失明、札幌高裁も賠償命令 日ハムのみ3300万円 | どうしんウェブ/電子版(社会) 05/20 13:59、05/21 01:01 更新

札幌ドームでプロ野球観戦中にファウルボールの直撃を受けて右目を失明した札幌市内の30代女性が、北海道日本ハムなど3者に計約4700万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が20日、札幌高裁であった。佐藤道明裁判長は、3者に約4200万円の支払いを命じた一審の札幌地裁判決を変更、「安全配慮が不十分だった」として日本ハム球団のみに約3300万円の賠償を命じた。

 球場の設備の安全性については問題がなかったとの判断を示し、ドームの管理会社の札幌ドームと、所有者の札幌市への請求は棄却した。一方、「女性が打球を見ていなかったのは過失と認められる」として、一審が認定した損害額から女性側の過失分の2割を差し引き、賠償額を減額した。

(略)

佐藤裁判長は判決理由で「女性は、観戦イベントで球団から招待を受けた子供の保護者。野球に関する知識はほとんどなく、ファウルボールの危険性もほとんど理解していなかった」と指摘。「球団には危険性を具体的に告知し、その危険を引き受けるか否かを判断する機会を与えるなどの安全配慮義務があったのに、十分ではなかった」と断じた。

 昨年3月の一審札幌地裁判決は、球団側が2006年に内野席前の防球ネットを撤去したことなどについて「臨場感の確保に偏り、球場が通常備えるべき安全性を欠いていた」としたが、控訴審は「臨場感も野球観戦の本質的な要素」と指摘。その上で、防球ネットはなかったものの「内野フェンスの高さは他球場に比べて特に低かったわけではなく、ファウルボールへの注意を促す放送など他の対策も考慮すると、プロ野球の球場が通常有すべき安全性を欠いていたとは言えない」とした。

(略)

原判決では、球場の設備そのものが安全性を欠いているという判断がなされ、球団だけではなく施設を保有している札幌市、札幌ドームにも責任を認めていたのですが、控訴審では、球場の設備面の安全性がほかの球場と比べて劣っているわけではないと判断が一変しました。

そのうえで、球団の安全配慮義務として、野球をよく知らない観客への配慮が足りないという判断がされ、これを根拠に損害賠償責任を肯定しています。

チケットなどに告知などは入っているものですが、基本的に誰が入ってくるのかわからない球場という環境でそれ以上の安全配慮義務を果たすのはむつかしそうです。しかし、本件では球団から招待を受けた子供の保護者の観客であるという点が意味を持っているようであり、そのような場面では個別に安全についての告知等の配慮をするべきということになるのだと思われます。

裁判例情報

札幌高裁平成28年5月20日判決

最高裁、相続開始後に認知されて相続人となった者が民法910条に基づいて価格の支払請求をする場合の遺産の価格算定の基準時は請求時であり、請求と同時に遅滞となると判示

民法は共有はなるべく早く解消されるべきであるという民法全体を貫いているテーゼを遺産分割の場面にも適用しており、その帰結として一度行った遺産分割の安定性に配慮した制度設計を採用しています。具体的には、遺産分割後に認知によって相続人が増えた場合には、遺産分割のやり直しではなく、価格賠償しかできないという仕組みになっているところに現れています。

 

(相続の開始後に認知された者の価額の支払請求権)

第九百十条  相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしたときは、価額のみによる支払の請求権を有する。

 

さて、このような理論的背景があることを踏まえると、いざこの910条に基づいて価格賠償が請求された場合、遺産の評価はいつの時点にすればよいでしょうか。

遺産分割の一般論としては、分割の価格算定の基準時は、分割時又は審判時の時価とされています。

この一般論からいくと、価格賠償の支払い時になるのかもしれませんが、この点について最高裁が判例を出しましたので取り上げます。

最高裁判所第二小法廷平成28年2月26日 平成26(受)1312 価額償還請求上告,同附帯上告事件

この点について最高裁は以下のように判示しています。

相続の開始後認知によって相続人となった者が他の共同相続人に対して民法910条に基づき価額の支払を請求する場合における遺産の価額算定の基準時は,価額の支払を請求した時であると解するのが相当である。

なぜならば,民法910条の規定は,相続の開始後に認知された者が遺産の分割を請求しようとする場合において,他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしていたときには,当該分割等の効力を維持しつつ認知された者に価額の支払請求を認めることによって,他の共同相続人と認知された者との利害の調整を図るものであるところ,認知された者が価額の支払を請求した時点までの遺産の価額の変動を他の共同相続人が支払うべき金額に反映させるとともに,その時点で直ちに当該金額を算定し得るものとすることが,当事者間の衡平の観点から相当であるといえるからである。

以上から、最高裁は、価格支払請求時を基準時としました。

最高裁は以前からこの910条については、価格賠償で済ませる場合を限定的に解してまさに条文に書いてある通りの場面だけとする立場をとっていますので、その意味では基準時についても分割類似のことをするということにはならず、独自の考え方をとるということにつながると思われます。

価格賠償の支払い時にしてしまいますと、この910条がそもそも分割後の話ですので、分割からかなりたっていることになります。すると、時間の経過によって時価がどちらに転ぶのかはわかりませんが、ひとまず分割時の割合を決める根拠とした時価評価とかなり離れてしまうことになります。

そこで、なるべく近づけつつなんとかバランスをとるととなると、請求時ということがぎりぎりになり、それが衡平ということと思われます。

また、いわゆる遅延利息の点も争点となっており、この点については、価格支払請求は期限のない債務であると指摘しています。

民法910条に基づく他の共同相続人の価額の支払債務は,期限の定めのない債務であって,履行の請求を受けた時に遅滞に陥ると解するのが相当である。

いつ来るのか自体わからないものですので、これはその通りですが、評価の時期と離れることも遅延利息によってバランスをとることもできるという点も興味深いと思われます。

分割後に認知で相続人が追加されるということがどれほど発生するかは微妙ですので、本判例の影響は限定的なのかもしれませんが、相続法を貫く考え方に関わる点もあることから理論的には大きな意義を有するものであるように思われます。

最高裁、主たる債務者に対する求償権に時効中断事由があっても、共同保証人に対する求償権に時効中断は生じないと判示

連帯保証人の一人が主債務者に代わって、債権者に弁済して主債務者に対する求償権を取得し、その後主債務者が一部は弁済したもののそのままになってしまったことから、主債務者に求償金請求訴訟を提起して勝訴確定したところ、そこから10年の事項にかかりそうになったため、共同保証人に対する求償権行使をしたという事案で判例が出るに至りました。

なぜ法的論点のある事件になったかというと、共同保証人から消滅時効の抗弁が主張されたためです。

最高裁判所第一小法廷平成27年11月19日判決 平成25(受)2001 求償金等請求事件

本件は、共同保証人間の求償権行使という法的構成なのですが、主債務者に対する求償権の時効中断事由(本件では訴訟上の請求)は、共同保証人間の求償権の時効中断事由にならないと主張がされたため、最高裁が判断するに至ったものです。

一見すると、主債務者に対しては時効中断しているのに共同保証人に対しては影響しないのはおかしいのではないか、請求の絶対効はどうなったのかと感じてしまいかねないですが、本件は共同保証人間の求償権講師であるところがポイントです。

(共同保証人間の求償権)

第四百六十五条  第四百四十二条から第四百四十四条までの規定は、数人の保証人がある場合において、そのうちの一人の保証人が、主たる債務が不可分であるため又は各保証人が全額を弁済すべき旨の特約があるため、その全額又は自己の負担部分を超える額を弁済したときについて準用する。

 第四百六十二条の規定は、前項に規定する場合を除き、互いに連帯しない保証人の一人が全額又は自己の負担部分を超える額を弁済したときについて準用する。

本来、最終的には主債務者が全責任を負うのが保証人の場合の関係性ですが、無資力の場合には、共同保証人間で頭数割で負担することにして、それを実現するための清算のために特に設けられたのが、保証人間の求償権です。

すると、保証人に対する求償権とは性格的にも別物であるわけでして、この点から最高裁は端的に下記のように判示をしています。

民法465条に規定する共同保証人間の求償権は,主たる債務者の資力が不十分な場合に,弁済をした保証人のみが損失を負担しなければならないとすると共同保証人間の公平に反することから,共同保証人間の負担を最終的に調整するためのものであり,保証人が主たる債務者に対して取得した求償権を担保するためのものではないと解される。したがって,保証人が主たる債務者に対して取得した求償権の消滅時効の中断事由がある場合であっても,共同保証人間の求償権について消滅時効の中断の効力は生じないものと解するのが相当である。

したがって、主債務の求償権が10年の時効にかかりそうになっているくらいで、その間、保証人間の求償権には何もしてこなかったわけですので、当然、時効消滅という結論になったわけなのでした。

要するに、保証人間の求償権についても何かしておくべきだったということになりますが、主債務者に対してなら全部いけるのに、保証人間の求償権についても手当をするというのはなかなか想起しがたいことなのかもしれません。

しかし、それよりもさらにそもそも論ですが、本件は、保証人間の求償権の事件ですが、共同保証人がいるケースでこの権利が行使されることはあまりないように思われます。というのは、現実には、共同保証人には主債務の求償権についても連帯保証を求めていることが多いからであり、このように求める保証人は機関保証であり、そういう意味で保証人を要求しているからと考えられます。

したがって、求償権へ連帯保証をつければいいことですので、やや珍しい事態に対する判例であり、実務的にこれが即影響する場面というのもそうはないように思われます。

なお、民法改正案では、この465条は改正されないことになっていますので、本件の判示もそのまま改正法成立後も意義をもつものと考えられます。

最高裁、自筆証書遺言の文面全体に斜線を引いた行為を、故意に遺言書を廃棄したときに該当するとして、遺言を撤回したと判断

遺言にはいくつか方式が決まっており、それぞれについて作成方式が厳格に定まっています。

民事行為についてはあまり要式性を要求しない日本法では珍しいのですが、遺言の作成そのものがそれほど多くなかったことと、作成するにしても専門家の関与が必要となる公正証書遺言が大半であるため、遺言をめぐる法律紛争は、一般的に想像するよりはとても少ないのが現実です。遺産相続の紛争は増えていますが、遺言についての紛争はそう多くはありません。

そのような中、自筆証書遺言をめぐり、紛争になってしまったという例が発生、最高裁判決が出るに至りました。

最高裁判所第二小法廷平成27年11月20日 平成26(受)1458 遺言無効確認請求事件

本件は要するに、自筆証書遺言に赤線で斜線を引いた行為が、遺言を撤回したものといえるかということにつきます。

本件で問題となった自筆証書遺言に即していうと、方式に関する民法の定めは以下の通りになります。

民法

(自筆証書遺言)

第九百六十八条  自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。

 自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。

 

(遺言書又は遺贈の目的物の破棄)

第千二十四条  遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様とする。

968条は自筆証書遺言専用の定めですが、作成や修正するときは定めている通り、署名押印がいるわけです。

これに対して、1024条はすべての方式の遺言に共通の規定であり、破棄すれば撤回したとみなすという規定です。

本件は、斜線を引いただけであるので、それだけでは上記のどれに当たるのかが判然としないので問題となったものです。

原審は斜線を引いただけだと、文字は読めるとして、破棄にあたらないとして、遺言は以前として有効としました。

これに対して最高裁は、968条が厳格に方式を要求していることとの比較で、以前として判読できるので、撤回に当たらないという判断にも理解は示しつつも、これを否定して、968条2項は、遺言をするということ自体は以前としてあり、内容の変更であるため、その方式を厳格に定めていると理解をして、すべての効力を失わせる場合には、同様に判断することはできないとしました。要するに方式を厳格に要求する必要はないということと考えられます。

ここから、斜線を引くということの一般的な意味を考察して、故意に破棄したときに該当するというべきであるとして遺言は撤回したものと判断、破棄自判をして請求を認容しました。

 

本件自体は、自筆証書遺言が問題となっているため、どれほど同種の紛争事例があるか若干疑問であるため、本件判決の意義については微妙な気がしないでもありませんが、遺言の変更と撤回とでは、遺言の効力自体は存続するか否かで大きな違いがあるので、方式性の要求の度合いが異なるという考え方は、一般的なものになりえますので、やはり大きな意義があるように思われます。

さて、余談ですが、本件では斜線を引いたのは遺言者であること自体は、事実認定がされており問題となっていません。赤い斜線というだけですので、この事実認定自体それなりに難しいような気がしまして、類似事例で実際の紛争の争点はむしろそちらになるのではないかと勘繰られるところであります。

 

にほんブログ村 経営ブログ 法務・知財へ
にほんブログ村

最高裁、債権譲渡について異議なき承諾をした債務者でも、譲渡人に対抗することができた事由の存在について善意だが過失のある譲受人に対しては、当該事由を対抗することができると判示

長くてわかりにくいタイトルで申し訳ございません。

債権譲渡の異議なく承諾について、新たな判例が6月に出ていましたので、遅れましたが取り上げます。

民法

第四六八条(指名債権の譲渡における債務者の抗弁)
 債務者が異議をとどめないで前条の承諾をしたときは、譲渡人に対抗することができた事由があっても、これをもって譲受人に対抗することができない。この場合において、債務者がその債務を消滅させるために譲渡人に払い渡したものがあるときはこれを取り戻し、譲渡人に対して負担した債務があるときはこれを成立しないものとみなすことができる。
2譲渡人が譲渡の通知をしたにとどまるときは、債務者は、その通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができる。

民法の条文では、債権譲渡された場合に債務者が異議なき承諾をした場合には、譲受人側には特に要件は不要であり、異議なく承諾さえあれば、抗弁など一切の事由を対抗できなくなるかのように読めます。

しかし、この点については判例によって、主観的要件がついており、請負についての有名な判例(最判昭和42年10月27日民集21巻8号2161頁)から一般化されて、譲受人が悪意なら対抗可と理解されています。

この主観的要件についてはさらに拡大されて理解されており、悪意だけではなく有過失でも対抗可と解するのが有力説であり内田説もこの立場でした。

実務でも要件事実的には、譲受人の悪意または有過失は、譲受債権請求訴訟の再々抗弁に回るとされており、ある意味、定説となっていました。

このたび最高裁が、正面から譲受人が有過失の場合にも対抗可であることを認めた判決が出ました。

最高裁判所第二小法廷平成27年6月1日判決  平成26(受)1817 不当利得返還請求事件

最高裁判所第二小法廷平成27年6月1日判決  平成26(受)2344 不当利得返還請求事件

理由について最高裁は、よりシンプルに判示をしている2344号事件の方で、以下のように述べています。

民法468条1項前段は,債務者が異議をとどめないで指名債権譲渡の承諾をしたときは,譲渡人に対抗することができた事由があっても,これをもって譲受人に対抗することができないとするところ,その趣旨は,譲受人の利益を保護し,一般債権取引の安全を保障することにある(最高裁昭和42年(オ)第186号同年10月27日第二小法廷判決・民集21巻8号2161頁参照)。そうすると,譲受人において上記事由の存在を知らなかったとしても,このことに過失がある場合には,譲受人の利益を保護しなければならない必要性は低いというべきである。実質的にみても,同項前段は,債務者の単なる承諾のみによって,譲渡人に対抗することができた事由をもって譲受人に対抗することができなくなるという重大な効果を生じさせるものであり,譲受人が通常の注意を払えば上記事由の存在を知り得たという場合にまで上記効果を生じさせるというのは,両当事者間の均衡を欠くものといわざるを得ない。

上記は有力説が根拠としてきた理由そのままであり、正面からこのように有力説の立場をとったといえましょう。

実務に何らの変更を与えるものではないといえるかと思われますが、重要な判示であることは確かであるといえるでしょう。

最高裁、責任無能力者の未成年者が他人に損害を与えたもののその態様が通常は人身に危険が及ぶような行為ではない場合、親権者に具体的に予見が可能であるなど特別の事情が認められない限り、監督義務を尽くしていなかったと判断するべきではないと判示

報道でも大きく取り上げられましたが、子供がサッカーボールを蹴って道にボールが飛び出してしまい、通りかかったバイクの老人がそれによって怪我をしてしまい、入院を経て、誤嚥性肺炎でなくなってしまったという事案について、親の監督責任が問われた損害賠償請求訴訟で、最高裁が一部認容していた原判決を破棄して請求棄却の自判を行いました。判決が出て1カ月たちますが取り上げます。

最高裁判所第一小法廷 平成27年4月9日判決 平成24(受)1948 損害賠償請求事件

民法により未成年者は責任無能力ですが、責任無能力者が損害を与えた場合には、監督義務者が監督義務を怠っていない場合以外、責任を負うことになっています。

第七一四条(責任無能力者の監督義務者等の責任)
 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。

そしてこの監督義務者の責任は、立証責任が転換していることがハードルを上げることにつながり、事実上無過失責任の様相を呈してしまっていました。そのような判断の根底には、誰も賠償の責を負わないというのはおかしいと考えて、事実上、代位責任的に破断しているきらいがあるのですが、条文そのものは監督義務者の責任という形式自体は維持されています。

このような考え方には当然批判のあるところであり、監督義務を怠っていなかったとするのは酷ではないのか、どうすれば監督責任を果たしていたといえるのかということが指摘されることになっていました。

本件はそのような中、最高裁まで係属した事件ですが、大変、特徴的な事実関係がありました。

未成年者の行為はサッカーゴールにフリーキックをしたところ、道路までボールが転げ出てしまったというものでしたが、以下のような事実があったことが判示されています。

  • ゴールからさらにその先の学校の門までは10メートル
  • 門の左右にはネットが張られており、その外には1.8メートルの側溝
  • 本件では門の外にかかっている橋にボールが行ってしまい道路に転げ出てしまった
  • 道路の交通量は普段多くない

このようにボールが出てしまったことと、ちょうどバイクが通りかかったことは、かなり偶然性が高いといえます。

このような点をとらえて最高裁は、この行為を、通常は人身に危険が及ぶ行為ではないと評価をしまして、通常は人身に危険が及ぶ行為ではない行為から損害が発生した場合に監督義務を尽くしていたかの判断基準を以下のように述べています。

親権者の直接的な監視下にない子の行動についての日頃の指導監督は,ある程度一般的なものとならざるを得ないから,通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は,当該行為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められない限り,子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない。

その上で、特別の事情があったとうかがわれないとして請求を棄却する判断をしています。

通常は人身に危険が及ぶ行為ではないのに、特別に予見される場合というと、未成年者が故意でやったことでそれを監督義務者が知っていたとかそういう極限的な場合ではないと該当しないように思われますので、監督義務者の責任についてかなり実質的判断をしたといえるように思われます。

ただ、報道ではこれで一気に流れがかなり変わるというような受け止め方がされていましたが、「通常は人身に危険が及ぶ行為ではない」の判断において、本件では単なる公園でのボール遊びとかよりはかなり偶然性を感じさせる要素が基礎になっていることから、果たして射程がどこまで広いのかは微妙な感じがします。

また、監督義務の判断を実質化させると、未成年者による行為であるというために、誰も賠償の責を負わないという事態が発生してしまうことからも、大変難しい問題です。立法措置を考えないうえでバランスを考えるならば、監督義務者の責任のハードル自体はやはり若干変えざるを得ないようにも思われ、そのような苦しい判断があるからか、この判例の判示はどうもすっきりしない書き方になっているきらいがあります。

監督義務を尽くしていなかったとすべきではないという一般論の後の当てはめ的な個所で、義務を怠らなかったとまで言ってしまっており、論の運びとの対応関係がやや不整合な感じを受けるところがあります。

最高裁も要旨の書き方や公表した判決文中の下線の引き方で事例判断であることを強調しており、あまり射程を広げて捉えないほうが無難な感じがする一件と言えるかと思われます。

 

にほんブログ村 経営ブログ 法務・知財へ
にほんブログ村

日本郵政インフォメーションテクノロジー、ソフトバンクモバイルと野村総合研究所を相手取って通信回線敷設の遅れで損害が生じたとして損害賠償請求訴訟を提起

日本郵政が全国の郵便局などの拠点を結ぶ新しい通信ネットワークを作る工事をソフトバンクモバイルなどが受注したものの、工事が遅延して損害が生じたとして、日本郵政の子会社がソフトバンクモバイルと野村総合研究所を相手取って損害賠償請求訴訟を提起したことが明らかになりました。

ソフトバンクと日本郵政が相互に訴訟提起、ITシステム納入で | マイナビニュース [2015/05/02]

日本郵政と日本郵政インフォメーションテクノロジー(JPiT)は5月1日、ソフトバンクモバイル(SBM)と野村総合研究所(NRI)を相手取り、両者に発注した業務の履行遅延から生じた損害に相当する161.5億円の賠償を求め、東京地方裁判所に訴訟提起を行ったと発表した。なお、ソフトバンクモバイルも、4月30日にJPiTを被告とする追加報酬の支払い請求訴訟の提起を行っている。

SBMとJPiTは、2013年2月7日に全国の日本郵政グループの事業所拠点を繋げるネットワーク「5次PNET」の通信回線整備の事業契約を締結。SBMは通信回線の敷設工事など、NRIはネットワークの移行管理・調整業務を発注したという。

(略)

しかし、この移行作業が遅滞しており、納期も3月31日から6月30日に延期されたことから「日本郵政グループに損害が発生」(JPiTリリースより)し、損害賠償の請求を行ったとしている。

一方でソフトバンクモバイルは、JPiTから当初の契約における受注業務の範囲を超える業務の依頼を受けており、「追加の業務も実施してきた」(リリースより)という。

両社は損害賠償の請求、追加業務に関する報酬の請求など、相互に交渉を続けてきたが、協議による解決には至らなかった。JPiTは4月9日付でSBMに、4月23日付でNRIに訴訟提起を行う旨を通知している。請求額については、SBMからJPiTが約149億円、JPiTからSBMとNRIへは161.5億円となっている。

(略)

上記報道ではかなり中身やその後の経緯まで言及されており、よくわかる内容となっています。

システム開発系で発生するトラブルとしてはありがちな内容ともいえるのですが、通信回線といったハードの工事も含まれることからシステムでよくありがちなトラブルと同じ問題といえるのかは微妙なところがあります。

一方で、だんだんと当初の発注から拡大していったという契約後に動き出してからの経緯についても触れざるを得ないという点でシステム系のトラブルと同じ感じがあります。

日本郵政、ソフトバンクモバイル、野村総研といった大企業でこのようなトラブルになったということは一見するとやや意外なところですが、上記の報道でもある通り、話し合いが不調で司法の判断にゆだねるを得なくなったという経緯もうかがわれます。その点は利害関係者の多い大企業だからこその判断である点もあるので、むしろ司法の場に移ったのはある意味当然の判断なのだと思われます。

 

にほんブログ村 経営ブログ 法務・知財へ
にほんブログ村

三菱商事、多摩テックの跡地開発をめぐって明治大学を提訴

2009年に閉園した遊園地「多摩テック」の跡地開発について、明治大学がスポーツパークを開設することを計画して、道微視商事との事業スキームが動いていましたが、東日本大震災後の建設費の高騰で、2013年11月に明治大学が中止を発表していました。

本学のスポーツパーク(仮称)事業計画について

その後も三菱商事と明治大学との間では話し合いが行われたものと思われますが、司法で決着をつけざるを得なくなった模様で、三菱商事が明治大学を提訴したことが明らかになりました。すでに第1回口頭弁論が開かれています。

三菱商事、明治大を提訴 施設計画中断で60億円請求 – 47NEWS(よんななニュース)2015/05/01 19:18 【共同通信】

遊園地「多摩テック」(東京都日野市)跡地にスポーツ施設を建てる明治大の計画が中断したため損害を受けたとして、土地の代金を立て替えた三菱商事が、明大に約60億9千万円の支払いを求める訴えを東京地裁に起こしていたことが1日、分かった。

 関係者によると、1日の第1回口頭弁論で明大は請求棄却を求めた。

 訴状によると、明大は2009年9月に閉園した多摩テックの跡地にスポーツ施設を建てることを計画。11年1月、三菱商事が土地を購入して開発許可を取得し、明大が土地を買い取るとの合意書を交わした。

日経の報道によると、開発スキームは、三菱商事が土地を取得して開発許可を取得、明治大学が土地を買い取るというものであったとのことです。

これだと建物の建設がどうなるのかが不明なのですが、とにかく共同事業ではあることから、明治大学によって中止とされてしまったことで三菱商事にとっては取得した土地に関して明治大学に損害賠償請求をしたということのようです。

このような開発スキームがあいまいなやり取りのまま進むとは思われませんので、あいまいなまま進んだ経緯をとらえて契約の解釈をするということではなく、建設費の高騰が事情変更の原則に抵触するのかなどの論点になるように思われますが、詳細が不明であるため憶測にすぎません。

企業と大学の共同事業について紛争になる例がちらほら見受けられますが、大学の体質もさることながら、この数年来、日本社会はとても急激な変化に見舞われることが多いためその余波を受けているという面が大きいと思われます。

 

にほんブログ村 経営ブログ 法務・知財へ
にほんブログ村