労働者災害補償保険法

新宿労働基準監督署、新国立競技場の建設現場で管理業務に従事していた労働者が自殺して遺族が過重労働によるものとして労災申請をしたことに関連して建設現場を調査

過重労働対策が社会的課題になっていますが、新国立競技場の建設現場でも労災申請がされる労働者の自殺が起きており、これに対して労基署が調査を行っていることが明らかになりました。

新国立工事現場に立ち入り調査、新宿労基署、作業員自殺受け  :日本経済新聞 2017/7/21 14:20

新国立競技場の工事現場で管理業務に従事していた入社1年目の建設会社の男性社員(当時23)が3月に自殺し、遺族が労災申請したことを受け、新宿労働基準監督署(東京・新宿)は21日までに工事現場を任意で立ち入り調査した。

 男性は昨年4月に東京都内の建設会社に入社。同社は新国立競技場の建設を請け負う大成建設から地盤改良工事を受注し、男性は同12月に施工管理業務に就いた。会社の調査によると、男性の時間外労働は今年2月に約193時間に上った。男性は3月に失踪し、4月に長野県で遺体で見つかった。

 建設現場を管轄する新宿労基署が19日に調査を実施。現場監督者らから勤務状況などを聞き取ったとみられる。

3月に自殺があり、7月12日に遺族が労災申請をしたとのことで、それに対して一週間ほどで労基署の調査が入ったことになります。

報道ではそこまで触れられていませんが、過労自殺が疑われる労災申請の場合、関連する労基署の調査は、今日では二種類ありえまして、労災認定のための調査と過重労働が行われていないかの調査になります。

本件はおそらく前者だと思うのですが、改めて労働基準法違反について行政指導または送検のために調査に来る可能性もあるところです。

労災と労基署の監督行政の連動は、脳心臓疾患、精神疾患の労災申請の場合に発動されることから、労災の可能性のある事態の発生も重要な契機となることは認識が必要となっています。

敦賀労働基準監督署、高浜原発の原子力規制委員会の審査対応をしていた関電課長の自殺を労災認定

厚木労働基準監督署長、アズマインターナショナルの元専務がうつ病で自殺した件に関して、元専務を労働者として労災認定

労災保険法上の労働者は、労働基準法上の労働者と同じ概念とされています。したがって、役員は労働者ではないことになるのが原則なのですが、労働者なのか経営者なのかということは実質的に判断されるので、指揮監督下で労働していたのかという点から判断されます。

労働基準監督署長による労災の認定という形で、役員なのか労働者なのかという点が問題となった事例で、労使会認定がされたことが明らかになりました。

東京新聞:パワハラ自殺 労災認定 「名ばかり専務」過労でうつ病:社会(TOKYO Web) 2014年9月6日 夕刊

神奈川県大和市の物流業「アズマインターナショナル」(春日孝夫社長)の元専務で二〇一一年六月に自殺した男性=当時(54)=について、厚木労働基準監督署が、パワハラや過労によるうつ病が原因として労災認定したことが五日、分かった。遺族側代理人の川合きり恵弁護士が明らかにした。認定は八月二十八日付。

春日社長は取材に「パワハラや長時間労働があったとは考えておらず、認定は非常に残念」としている。

川合弁護士によると、男性は〇九年に専務になったが、実態は社長の指示に従って事務作業を行うなど「名ばかり専務」だったといい、一一年六月七日に自殺。会社駐車場に止めた車内で死亡しているのが見つかった。

川合弁護士は同僚らへの聞き取りなどの結果として、「一一年五月に部下の不正経理問題があり、男性は社長からメールで『ばか』『アホ』とののしられた。亡くなる三日前には自殺を図ったことを社長に伝え、その際、包丁を突きつけられ『死ね』などと言われていた」と主張。これに対し春日社長は「『死ね』と包丁を突きつけたのではなく、『死ぬなら先に私を殺せ』と包丁を机に置いただけだ」と反論している。

一方、男性の手帳からは、自殺前の半年間に月百時間を超える残業が三回あったことが判明。月二回ほどは会社駐車場の車の中で未明に仮眠を取る状況が続いていた。

(略)

名ばかり専務という、名ばかり管理職とパラレルのような取り扱い方になっていますが、役員なのか労働者なのかは昔からある問題であり、労働の実態に関しての事実認定がされたからこそ、労災認定がされているものと思われます。

指揮監督下で労働していたかという点がメルクマールであるので上記報道内で言及されている作業内容などから実質判断がされているのではないかと憶測されます。パワハラがあったということは、労働者だからこそのことであるという間接事実にもなるかもしれませんが、役員間でも地位の違いを利用しての圧力もあり得るところですので、決め手は役員としての業務遂行ではなく、指揮監督下での労働と評価される内容であったという点になるのだと思われます