遺言にはいくつか方式が決まっており、それぞれについて作成方式が厳格に定まっています。
民事行為についてはあまり要式性を要求しない日本法では珍しいのですが、遺言の作成そのものがそれほど多くなかったことと、作成するにしても専門家の関与が必要となる公正証書遺言が大半であるため、遺言をめぐる法律紛争は、一般的に想像するよりはとても少ないのが現実です。遺産相続の紛争は増えていますが、遺言についての紛争はそう多くはありません。
そのような中、自筆証書遺言をめぐり、紛争になってしまったという例が発生、最高裁判決が出るに至りました。
最高裁判所第二小法廷平成27年11月20日 平成26(受)1458 遺言無効確認請求事件
本件は要するに、自筆証書遺言に赤線で斜線を引いた行為が、遺言を撤回したものといえるかということにつきます。
本件で問題となった自筆証書遺言に即していうと、方式に関する民法の定めは以下の通りになります。
民法
(自筆証書遺言)
第九百六十八条 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2 自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
(遺言書又は遺贈の目的物の破棄)
第千二十四条 遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様とする。
968条は自筆証書遺言専用の定めですが、作成や修正するときは定めている通り、署名押印がいるわけです。
これに対して、1024条はすべての方式の遺言に共通の規定であり、破棄すれば撤回したとみなすという規定です。
本件は、斜線を引いただけであるので、それだけでは上記のどれに当たるのかが判然としないので問題となったものです。
原審は斜線を引いただけだと、文字は読めるとして、破棄にあたらないとして、遺言は以前として有効としました。
これに対して最高裁は、968条が厳格に方式を要求していることとの比較で、以前として判読できるので、撤回に当たらないという判断にも理解は示しつつも、これを否定して、968条2項は、遺言をするということ自体は以前としてあり、内容の変更であるため、その方式を厳格に定めていると理解をして、すべての効力を失わせる場合には、同様に判断することはできないとしました。要するに方式を厳格に要求する必要はないということと考えられます。
ここから、斜線を引くということの一般的な意味を考察して、故意に破棄したときに該当するというべきであるとして遺言は撤回したものと判断、破棄自判をして請求を認容しました。
本件自体は、自筆証書遺言が問題となっているため、どれほど同種の紛争事例があるか若干疑問であるため、本件判決の意義については微妙な気がしないでもありませんが、遺言の変更と撤回とでは、遺言の効力自体は存続するか否かで大きな違いがあるので、方式性の要求の度合いが異なるという考え方は、一般的なものになりえますので、やはり大きな意義があるように思われます。
さて、余談ですが、本件では斜線を引いたのは遺言者であること自体は、事実認定がされており問題となっていません。赤い斜線というだけですので、この事実認定自体それなりに難しいような気がしまして、類似事例で実際の紛争の争点はむしろそちらになるのではないかと勘繰られるところであります。

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