Month: 4月 2014

頭を悩ます

今日は連休の中日なので通勤は楽かと思っていたのですが、そのようにうまくは行かず、あまり変わらない混雑でした。

しかし、帰宅時は明らかにいつもよりすいていたので、やはり有休をとって長期休みにしている人は結構いるのでしょう。

今日は一日、事務所にいてあれこれ追われていたのですが、なんだか精神的に落ち着かない一日でした。

別に仕事が立て込んでいるからではなく、深刻な袋小路にある問題が常時気になって仕方がないからというだけなのだと思います。

だんだんと年齢を重ねてくるにしたがって厄介ごとが増えてくるものなのですね。しかも解決できないような問題が。

最高裁、民法786条の認知に対して反対の事実を主張できる利害関係人に認知者本人が含まれると判示

少し前の判示ですが、かなり意義深い判例が出ましたので取り上げます。

民法の認知の論点で、自分の子供ではないと知っているのに認知をした者が、あとで無効主張できるのかという問題があります。

認知というのは、要するに婚姻関係にない男女間に生まれた子供がいる場合に親子関係を設定するための手続きなのですが、これは認知すれば法的に無理やり親子になるわけではなく、あくまで生物学的親子関係が前提となります。一方で、不安定になっては困るため、認知は取り消せない(実質的には撤回できない)とされています。

しかし、あくまで生物学的関係を前提とするため、認知に対して反対の事実の主張も可能となっており、無関係なのに認知されてしまってもそれによって親子関係が発生するわけではない仕組になっています。

第785条(認知の取消しの禁止) 
認知をした父又は母は、その認知を取り消すことができない。

第786条(認知に対する反対の事実の主張) 
子その他の利害関係人は、認知に対して反対の事実を主張することができる。

生物学的な関係があることが前提であるということの裏返しとして、親子関係があると思って認知したのに実は違ったという場合には、上記のような条文があるとしても、生物学的関係があると思っていた以上、効果意思を欠くことから錯誤無効の主張ができると通説的には解されています。

これに対して自分が生物学的な関係がないことをわかっているのに、あえて認知をした場合には、効果意思そのものはあることから、後で無効主張できるのかということが論点になったわけです。

生物学的関係が前提ということなら、この場合でも後から無効主張できてもよさそうですが、上記の条文は起草された際に、反対の事実を主張できる利害関係人には認知者本人は含まれないとして起草されたという経緯があったために問題となってきたものです。

このたび、最高裁がこの点について明確に決着をつける判示を行いました。

最高裁判所第三小法廷平成26年01月14日判決 平成23(受)1561 認知無効,離婚等請求本訴,損害賠償請求反訴事件

最高裁は多数意見では以下のよう述べています。

血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知は無効というべきであるところ,認知者が認知をするに至る事情は様々であり,自らの意思で認知したことを重視して認知者自身による無効の主張を一切許さないと解することは相当でない。また,血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知については,利害関係人による無効の主張が認められる以上(民法786条),認知を受けた子の保護の観点からみても,あえて認知者自身による無効の主張を一律に制限すべき理由に乏しく,具体的な事案に応じてその必要がある場合には,権利濫用の法理などによりこの主張を制限することも可能である。そして,認知者が,当該認知の効力について強い利害関係を有することは明らかであるし,認知者による血縁上の父子関係がないことを理由とする認知の無効の主張が民法785条によって制限されると解することもできない。
そうすると,認知者は,民法786条に規定する利害関係人に当たり,自らした認知の無効を主張することができるというべきである。この理は,認知者が血縁上の父子関係がないことを知りながら認知をした場合においても異なるところはない。

要するに、生物学的関係がない認知は無効であり、その主張を認知者以外の周囲の者がすることができるのに、認知者自身からの主張を制限する理由は特にないということです。そして、認知者による無効主張は権利濫用などによって制限することも可能であるので、問題はないという点も付言しています。

これは、通説の立場であり、裁判例レベルでは何件かあった生物学的な事実を尊重する立場です。

これに対しては子供の立場を不安定にしてしまうとして、法的効果を設定して確定させてしまってよいのではないかという立場もあり、反対意見にそれが表れています。

また、寺田判事は、原則と例外が逆でないかという見解を示されておられます。

いずれにせよ、これまで論点となってきた点について最高裁の判示が示されましたので、大きな意義を有するものと思われます。

探求の向こうに

今日は連休前半というか一日だけの祝日であまり多くなことをできるわけではないので、自宅にいました。

自宅にいても全然休まらないので、実はこれは深刻な問題なのかもしれません。

出版社の方が私の書いた原稿を見て、他の弁護士と異なり私の書くものにはストーリーがあるので面白いといってくれたことがあります。

弁護士の書くものはどうしても情報を盛り込みたくなったり、表現を厳密にしないとまずいと思って、よくわからないものになる傾向があるが、私の書いたものは流れがあるということで言ってくれたみたいでした。

その評価の当否はさておくとして、私自身はこれまでの人生で、眺めたことの解答を自分の中で見つけて得心するというようなことをずっとしてきました。

対象は目の前の事象だったり、社会的な問題だったりするのですが、その根源的な原因はなんだろうといつも考えてきました。

その一方で私は知識というか情報が大好きなので雑多にいろいろな情報を仕入れてきました。その情報がたまってあるとき自分の中で、あの問題の根源はこれじゃないのかとかひらめいた気になるのです。

私がやったある国選刑事事件の被告人質問と弁論で私が述べたことは、ひたすら被疑者被告人と接見してこれまでの半生をものすごいたくさん聞いたうえで、これが原因だと自分の中でたどり着いたことを述べたものでした。私はやるだけで夢中だったのですが、ついてきてくれた修習生によると、その部分になったところで、裁判官は記録をもう一度繰っていたとのことで、ある程度、通じるものがあったのだと思いました。量刑も基準からはかなり軽くなり、法廷で行ったことがいくらか意味を持ったのだろうと個人的には感じました。

原因はなんだろう、本質はなんだろうといつでも考えていて、追い求めているのですが、原因がわかってもきれいに解決できるかは別なわけで、どうにもならないことが分かった時どうすればいいのでしょうか。

今とある問題について、これが本当の理由だろうと思い当たる節があるのですが、わかったところで解消することができないので、絶望的な気分になっているところです。もはや周囲を眺めているのはやめて、自分のことだけ考えるようにした方がいい時分になってきたということでしょうか。

そもそも休めるのか

今年の連休は長期の連休にするにはなかなか勇気がいる配列になっていますので、私もごく普通にカレンダー通りにすごしています。もっとも月末に出掛けようと思っているのでお楽しみはそちらでというくらいの考えです。

そういうわけでこの日は普通に仕事をしていましたが、やることがえらく多くて大変でした。

すでに連休明けの予定が、だんだんと詰まりつつあるのですが、まだ連休前ということでそれほど重たく感じてはいません。

しかし、そもそも連休中に執筆しないといけないことがたくさんあり、連休明けにはセミナーの講師をしないといけないのにまだ準備ができていないなど、大変なことがたくさん待っています。

別に怠けているわけではないのですが、なかなか解消に向かわなくて残念な日々です。

佐賀地裁、ゼミの教官が統一教会からの脱会を勧めた行為を、信仰の自由を侵害したとして8万8千円の損賠賠償を認める

信仰の自由を侵害されたという事実認定がなされて、損害賠償が認められたという大変珍しい裁判例が出ましたので取り上げます。

統一教会信仰侮辱、佐賀大に賠償命令-地裁/佐賀新聞ニュース/The Saga Shimbun :佐賀のニュース

佐賀大の20代の女子学生(当時)と両親が、統一教会の信仰を侮辱され、脱会を勧められ信教の自由を侵害されたとして、50代の男性准教授と大学側に440万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が25日、佐賀地裁であり、波多江真史裁判長は訴えの一部を認め、大学に約9万円の支払いを命じた。

判決によると、准教授は2012年2月、大学の研究室で、当時ゼミ生で学内の学生信者団体代表だった女子学生に、統一教会の教義を批判し執拗(しつよう)に脱会を勧めた。合同結婚式を通じて結婚した両親を「犬猫の結婚」と侮辱するなどした。

波多江裁判長は、准教授の発言は不適切で「信仰の自由を侵害する」と指摘。一方、准教授との会話を無断で録音していた女子学生の目的が、大学によるカルト対策への攻撃材料にするためだったと認定し、「精神的苦痛はさほど大きいものとはいえない」とした。

(略)

国立大学法人なので国家賠償なのですが、不法行為全般に通じるものがあると考えてよいかと思います。

単に脱会を勧めるだけなら別でしょうが、上記のような程度と回数に及ぶと違法性があるということになりましょう。

もっともポイントであるのは、学生側が秘密録音していたことの評価についての下りでして、秘密録音をしているくらいであるので、後で利用する意図があったのであろうから、逆に言うと、精神的苦痛を大きくとらえることはできないとしている点です。

これは信仰の自由があくまで内心の問題であることから、このような言い方ができるものでして、秘密録音があるということからすべからく思惑があると捉えてマイナス評価するわけではないでしょうが、興味深い評価の仕方であり、実務的に注意しておくべき点であるように思われます。

裁判例情報

佐賀地裁平成26年4月25日判決

名古屋高裁、JR東海が、認知症患者が線路に入り込んで接触死亡事故を起こしたため、介護していた家族に損害賠償を請求した訴訟の控訴審で、長男の監督義務を否定して認容額を半額に変更

JAPAN LAW EXPRESS: 名古屋地裁,認知症の男性が線路に入り電車に接触死亡事故を起こした事象につきJR東海が遺族に安全対策が不十分として列車遅延に関する損害賠償を請求した訴訟で請求を認容の続報です。

上記原判決に対しては、認知症患者の介護をする家族の立場からの批判が報道されていましたが、控訴審は、認容額を半分としたものの認知症患者の妻の責任そのものは認めるという判断になりました。

控訴審と原審の判断を分けているのは、介護の実情についての配慮というよりは、ずっと別居していた長男の監督義務を否定したなどの法的構成から半分に減額したという色彩がある模様です。

もっとも妻も介護に務めていたこと、JR東海にも安全配慮義務があったということに言及しており、多くの批判を呼ぶところとなった実態に配慮はしているところもうかがえます。

しかし、原審の大きな根拠となっている、日常の介護におけるかなりの落ち度についてはやはり重視をしており、センサーの電源を切ったままにしてあったことなどについて指摘がある模様です。

原審に寄せられた批判は、ずっと監視していろというか、無理を求めているのではないかという点からの批判だったのですが、本件ではさすがにもう少しやりようがあった模様です。所在確認のセンサーは介護施設では認知症の利用者の部屋には当然のようにつけているものですので、そこを無視することはできなかったということでしょう。

これまた批判を呼ぶことになりそうな判決ですが、細かい事実に照らしていると別の評価もありうるのかもしれません。

裁判例情報

名古屋高裁平成26年4月24日判決

芝桜を見に行く

今日はチケットをもらったので、群馬県の館林のトレジャーガーデンまで芝桜を見に行ってきました。

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行き帰りには東武特急りょうもうを使いました。

りょうもうに乗るのは初めてでしたが、ドアがえらく少ないという事前の知識を実感しました。往復ともやってきたのは、往年のデラックスロマンスカーの座席を流用した編成でしたので、座席がくたびれている感じがしました。

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芝桜は見事に満開でしたが、ほかにもいろいろな花が咲いており、園内はいい天気ということもあり、結構な人出でした。

最寄駅の茂林寺前駅に特急りょうもうは臨時停車していたのですが、あまりPRをしていないので、どれほど利便性向上に役立っているのかわからないところがありました。

練り歩いているうちになんだかかなり気が楽になりました。こういう気分転換は重要ですね。明日からの仕事に疲れが残ったらどうしようとか考えていたのですが、心地よい疲れといった感じになりました。

理屈では分かっているもののあまり実行できないことが、珍しく実行できた一日でした。

考えから離れない

この日は自宅作業でしたが、結構な量の仕事に追われていました。もうすぐ連休ですが、むしろ仕事はどんどん詰まってくる様相を呈しています。

最近、離れるということの重要性を感じています。精神的に一旦解放状態になるということのつもりでして、別に大それたことではなく、案件のことばかりを考え続けていると、だんだんと精神的に参ってくるので、適度にそのことから精神的に解放されてリフレッシュしようというだけのことです。

私は、休み中でもあれこれ考え続けるところがあり、あーでもないこーでもないと考え続けた結果として、結構いい構成が浮かんだりするのですが、一方で全然気が休まらないので、相当、参ってしまうのです。

適度に精神を解放してもう一度取り組むと、それはそれでいいアイデアがひらめくのではないかという期待を込めて、自分の休息を正当化するような思考です。

どの仕事でも多かれ少なかれ同じですが、完全に案件が終わって完全に気が晴れるということなどありえないわけで、ずっとくよくよ考え続けているといつの日か参ってしまうように思えます。

オンとオフを切り替えられるようになったとき、この仕事にも慣れたといえるのかなあとか思ったりします。

目覚め

この日は朝、頭痛がひどくて目が覚めるというとんでもない目覚めを迎えました。

今週、色々と立てこんでいて連日、私にしては珍しく早くから出勤していたこともあり、かなり疲れがたまってしまったようです。

午前中は期日が入っており、直行したのですが、わかってはいたもののかなりハードな期日でした。

午前では終わらず、午後までかかってしまい、そのまま帰宅したいような気分だったのですが、会食の予定が入ってしまっていたので、そのまま事務所に向かいました。宇都宮線のE233系に初めて乗りました。

夕方から会食だったので、事務所にはあまりいられず、そのまま出かけました。

疲労困憊であまり気のきいた話ができませんでしたが、この状況でなら許してくれるのではないかと心の中思いつつ、頭痛に悩まされつつ帰宅しました。とはいっても事務所で夜まで仕事をしているよりは早く家についたのでした。

郊外行脚

この日もものすごく混乱した予定になっていて、事務所からどれも離れた訪問先にあちこち行く羽目になり、中央線、小田急線、横浜線、京王線、埼京線、京浜東北線と乗り継ぎました。

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横浜線では投入中の新型車であるE233系にお目にかかりました。

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橋本からは京王線の特急に乗りました。京王線はあまり乗ったことがないので、じっくりと車窓を眺めてみたいといつも思っているのですが、気づいたら寝落ちしていました。

最後はセミナーにゲストみたいな立場で行ってきたのですが、ある意味、地方のセミナーであるため集まっていたお客様の様子が、東京と異なる要素を感じました。

終わった後には会食だったのですが、これまた東京とは違う雰囲気でなんとなく落ち着く感じでした。果たして今後、どうしていけばよいのかを考えるとなかなか大変なのですが、ひとまずは地方色豊かな機会でした。

それにしてもこの日は東京から離れた郊外を複数も踏破していてどれだけ移動が好きなんだと突っ込みたくなるような一日でした。