Month: 9月 2007

憂いの雨

テレビで中継をやっていましたが、今年はF1日本グランプリは富士スピードウェイに場所が移っています。

来年以降は鈴鹿と隔年開催とかいう話を聞いていますが、今年はとにかく開催地が例年とは違うわけです。

私は特にというか全くモータースポーツに興味はないのですが、この件についてくどくどというのは、仕事でかかわったためです。

どうも自治体なのか誘致した団体なのかは分かりませんが、協力を求めてきたらしく、本社がそれを受けて経営計画に入れてしまい、それなら東京支社としてもなんとか反映させねばならないだろうということで、富士開催でどれだけ稼げるかを想定して、各現場に目標としてもらうみたいな仕事をやりました。

発端からして本社をむいている仕事で、全然実質的意味のない仕事だったのですが、あまり効果は期待できないと渋る現場と、そうだろうなと思いつつ、説得せねばならないわけで、これまた無駄な仕事をさせられました。

本社に対していい顔ができるようにという話ですから、要するに社内でおべっかをつかうわけです。

あいにくの雨になってしまいましたが、結果として会社に効果はあったのか、今となっては知るすべもありませんし、本社に対してやったというのが大事ですから、結果など気にしていないでしょうね。

いきなり天候激変

今日はいきなり寒くなりましたね。
おかげで風邪を引きそうです。

東大ロースクール2年の冬学期はハードなスケジュールで有名だそうで、「憲民刑より体調管理」といわれるそうです。
疲れすぎて体を壊すのか、精神を壊すのかどちらでしょうか。

保健センターの精神科は、ちゃんと休めと連呼しています。
あと手遅れになる前に来るようにとも…。

大変な話です。

旧カネボウ株式の取得価格決定申立てで鑑定結果が明らかに

全部取得条項付種類株式の取得価格決定申立てで鑑定費用の問題が浮上(2007/09/17)で裁判所に対して申し立てる価格決定の申立て(会社法172条1項)についての問題について取り上げました。
問題点というのは裁判所が決めるにしても専門的なことであるため鑑定を行うことになる傾向があり、するとその費用が当事者の負担になるため、申し立てている株主側にいくらかでも負担が来ると、決定される価格と従前の価格との差が小さいと元が取れないおそれがあるというものです。
詳しいことは、上記リンク先のエントリーをご覧ください。
さて上記リンク先エントリー中でも言及しました、旧カネボウ株式の取得価格決定申立てについて鑑定の結果が出た模様で、本日の日経朝刊に記事が載りました。
ネット版では記事を見つけることができなかったので、引用はしませんが、以下のような内容と伝えられています。
ファンド連合は公開買付と同じく162円を主張
株主側700~1800円を主張
しているのに対して
鑑定人は323円を提示したとされています。
かなり取得側の提示価格に近くなっています。
この鑑定には5000万円かかったと報道されており、この費用負担をどうするかによっては、株主側にとっては厳しいことになる可能性があります。
これまた報道では、乖離の大きい方の負担を大きくすることを検討しておるとされており、その通りになるとするともとが取れないことになるかもしれません。
一般論として、買い叩きのような取得の場合と、株主側が濫用的に申し立てる場合のどちらもありえますので、乖離の大きい方に負担させるというのは、抑止効果を考えて妥当なところであるように思えますが、申立てを過度に抑制するようだとかえって買い叩きを促進しますので難しいところです。
訴訟費用の問題なので全額会社負担とすることもできますので実例が積み重なって、予見可能性があるようにならないと、理想的な活用は難しいかもしれません。

旧カネボウ株式の取得価格決定申立てで鑑定結果が明らかに

全部取得条項付種類株式の取得価格決定申立てで鑑定費用の問題が浮上(2007/09/17)で裁判所に対して申し立てる価格決定の申立て(会社法172条1項)についての問題について取り上げました。

問題点というのは裁判所が決めるにしても専門的なことであるため鑑定を行うことになる傾向があり、するとその費用が当事者の負担になるため、申し立てている株主側にいくらかでも負担が来ると、決定される価格と従前の価格との差が小さいと元が取れないおそれがあるというものです。
詳しいことは、上記リンク先のエントリーをご覧ください。

さて上記リンク先エントリー中でも言及しました、旧カネボウ株式の取得価格決定申立てについて鑑定の結果が出た模様で、本日の日経朝刊に記事が載りました。
ネット版では記事を見つけることができなかったので、引用はしませんが、以下のような内容と伝えられています。

ファンド連合は公開買付と同じく162円を主張
株主側700~1800円を主張

しているのに対して
鑑定人は323円を提示したとされています。

かなり取得側の提示価格に近くなっています。

この鑑定には5000万円かかったと報道されており、この費用負担をどうするかによっては、株主側にとっては厳しいことになる可能性があります。

これまた報道では、乖離の大きい方の負担を大きくすることを検討しておるとされており、その通りになるとするともとが取れないことになるかもしれません。

一般論として、買い叩きのような取得の場合と、株主側が濫用的に申し立てる場合のどちらもありえますので、乖離の大きい方に負担させるというのは、抑止効果を考えて妥当なところであるように思えますが、申立てを過度に抑制するようだとかえって買い叩きを促進しますので難しいところです。
訴訟費用の問題なので全額会社負担とすることもできますので実例が積み重なって、予見可能性があるようにならないと、理想的な活用は難しいかもしれません。

なつかしの会社法履修

今日も試験の講評会でした。

できたと喜んだところもありましたし、失敗だというところも判明して一喜一憂です。

ゼミと上級商法の発表があったのですが、すべて希望通りになりました。

商法の選択ではえらく迷ったのですが、会社法総合にしました。
商法系科目の成績がよいものは別のをとることを薦めるとシラバスにかいてあったのですが、私がやった会社法は旧商法下のもので、一度新会社法について聞いておくかと思って、あえて選択しました。

このブログを書く際に色々調べて感じるのですが、会社法になって非常に変わっています。
条文の位置とかだけではなく、かなり過激な変更もされています。
その辺についての価値判断はあまり出さないようにして、ブログは書いていますが、あまりよく言わない実務家や学者もおられます。それも相当身近に。

その辺の興味もあり、東大法学部教授の新会社法講義を聞いてみることにしました。

私が学部時代に会社法を教わったのは江頭教授でした。
実験的な試みとして、問題を記載したレジュメを配り、試験では判例六法の持込を可として、当時では珍しい事例問題を出題するなどされましたが、かえって意味不明答案が続出したのか、あまりに抗議が多かったからか、教授自ら、模範解答を公表されていました。当時では相当珍しいことでした。
かなり多くの同期が討ち死にしていましたが、当時は過年度試験があったので、そちらで救済されていました。

さすがに江頭教授も懲りたのか、過年度試験では普通の論点型試験に戻ったそうです。

好みの問題

この日は飲み会で遅くなってしまい、PCをつけずに寝てしまったので、遅れて更新します。

飲み会の前には、例によって試験の公表会があったのですが、実務家教員の指摘は学者とはまた別の視点で勉強になります。

なぜかえらく参加人数が少なくて先生が「やる気がなえる」とか仰っていたのですが、どうしても実務系科目よりも実定法科目の方が、学生の関心が高いように見受けられます。

別に皆が皆、学者になりたいわけではなくて、司法試験に出る科目ですし、成績表を見せて就職活動するにしても、大学ごとに内容が異なる科目よりは、何を示しているか一目瞭然の科目の方が見栄えがするでしょうから、熱心になるのでしょう。

東大法学部出身者の比率が高いことも当然影響していると思います。
東大法学部でちゃんと勉強すると、どうしても実定法の理論的なところに興味が行きがちになります。
悪く言うと先生方のマニアみたいになってしまい、●●先生の論文をすべて読んだとかいう猛者も現れます。

知的好奇心の発露ですからそれはいいことだと思いますが、学者になるのにもマニアックな雰囲気があり、そういう時代なのかなと思っています。

理想と現実

高橋宏志教授がお書きになられた今月の法学教室の巻頭言は、古江教授だけでなく、他の東大法学部教授にも影響を与えているようです。
松下教授も感心したという趣旨のことを仰っていました。
教育者たるものかくあるべしということでしょうか。

これが答えだとか論点を抽出して各説を整理して説明するというなことは一切なく、ただひたすらカオスといっても過言ではない知的空間に飛び込んでみようと思う方はぜひ東大法科大学院をお勧めします。
ただ、双方向性ですので、学生の方がそれについてこれないとレベルもおのずと限定されてしまいます。
その辺は実は微妙なのではないかというのが、夏学期を受けての感想です。

あえて火中の栗を拾う

安倍内閣は発足当初には予想もしなかった形でわずか一年で終焉を迎えてしまいました。
こうして福田内閣が誕生しましたが、このような困難な時期によくなる気があるなと思います。

やはり内閣総理大臣にはなれるものならなってみたいというものでしょうか。
少なくとも日本の歴史には確実に名が残りますので、チャンスがあるなら手を伸ばさない手はないというものでしょうか。

本当ならもっといい時期を待ちたいと思ったほうが自然な状況下ですが、総理の椅子というのは、後藤田正晴によると、なれる一瞬のチャンスを逃すと二度と回ってこないものだそうです。
よってえり好みせず、突き進むというのは政治家なら当然の行動原理かもしれません。

総理になれる一瞬のチャンスを逃したというのは、後藤田正晴の「情と理」に出てくるエピソードです。
村山内閣が倒れそうになったとき、河野洋平自民党総裁(現衆院議長)は、一歩引いていしまったがために、総理になれる一瞬のチャンスを逃したのでした。
当時、まだ若いから捲土重来ということもありますわなという風に、宮澤喜一は評したそうですが、後藤田正晴は二度とチャンスはないだろうということを書いています。
総理の椅子とはそういうものなのでしょう。

犯罪による逆風

ここ数日、未成年者がかなり特徴的な刃物を使用して、家族を殺傷するという恐ろしい事件が複数件発生しています。
そのあおりで、番組内で刃物による殺傷事件が発生してしまうアニメが相次いで放映中止になっています。

事件発生後に中止にする以上、事件との因果関係云々よりは、事件を連想させてよくないとか、さらに伝播すると困るという考えによるものでしょうが、実のところ、論理的に説明がつくかというと難しいところがあります。
(事件後に問題のある内容が流れるというのはSchool Daysの方には当てはまりますが、ひぐらしではすでに発生済みなので該当しないのは確かです)

映画やテレビなどの映像作品によって犯罪が惹起されてしまう傾向は確かにあるようなのですが(黒澤明の「天国と地獄」によってヒントを得て誘拐を思い立ったとされているケースがあります)、テレビの伝播力、影響力というのは実のところまったく確たる研究成果はなく、直感的な理解にととどまっているのが現状です。
テレビCMの効果も実はよく分かっていないくらいなので、致し方ありません。

このように日本では、割と放映側が自主的に対処する傾向があるので、かなり自主規制ですんでいる点があるのですが、これを法的にコントロールしようといったら、根拠が不明確である以上、非常に困るでしょう。

実は、日本は表現の自由では、すっかりフロントランナーになってしまっています。
実は好ましくない表現は世界的に規制される傾向にあるのですが、日本は二重の基準論のおかげか表現の自由は絶対的に保護されるとされています。
子供に悪影響だとか差別を助長するだとか理由をつけている諸外国のその手の立法がどれほどしっかり目的と手段の合理性を検討しているかは、ものによっては疑問のこともあるでしょう。
放送事業者がかなり限定され、規制の強い世界であるために、自主規制などの対処で済まされている面がありますが、はたしてこのままでいいのか、大丈夫なのかは、世界的な潮流を考えると予断を許さないかもしれません。

最高裁、介護給付費等請求のための情報を個人情報を除いて一覧表にした文書を自己利用文書ではないと判断

新民事訴訟法になってから文書提出義務は一般義務化されていますが、旧法からの変更となるため、どこまで広がったのかををめぐり裁判が積み重なっている分野です。
特に問題となるのが、民事訴訟法220条4号ニの自己利用文書です。自己利用文書は文書提出義務を免れるため、何が自己利用文書なのかをめぐり多くの司法判断がなされています。
第220条(文書提出義務)
次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書
自己利用文書の意義についてはすでに判例(最判平成11年11月12日民集53巻8号1787頁)で確立しており、それ以後は、特段の事情などについてのさらなる解釈の付加ないし個別事例でその規範に照らして該当するかしないかの判断が蓄積されていっています。
平成11年判例は、銀行の貸出稟議書について自己利用文書に該当することを肯定したものですが、一般論としての判示は以下の様なものでした。
「ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である。」
さて、この規範に照らして新しく自己利用文書に該当するかの判断がなされたのは、介護給付費等の請求のために送信する情報をまとめて一覧表にしたものです。
最高裁判所第二小法廷平成19年08月23日決定 平成19(許)18 文書提出命令に対する抗告審の変更決定に対する許可抗告事件
もともとの紛争は競業避止義務違反に関するものです。
舞台が介護サービス事業であるため、費用は介護保険から一部まかなわれることになりますが、その請求方法はコンピューターを使用してデータを送る仕組みになっており、そのために利用するソフトウェアではチェックリストが作成されるとのことで、これが文書提出命令が申し立てられた対象です。
このチェックリストは、伝送した情報から個人情報を除いて一覧表にしたものと認定されています。
原告は、競業避止義務違反によって被った損害を明らかにするのに必要として申し立てています。
原審は、作成目的が内部利用であり、利用者のプライバシーを侵害して信頼関係が損なわれて事業の遂行に重大な支障が生じるとして、文書提出命令を認めませんでした。
これに対して最高裁は、破棄自判して、自己利用文書には当たらないとして文書提出命令を認めました。
最高裁は、文書の内容に着目しています。
自動作成されるもので、個人情報が除かれており、伝送する内容の控えに過ぎないことから、第三者への開示が予定されていたものとしました。
個人情報を除いて自動作成されるということは、開示しても支障がないようなものになるようにはじめから配慮されているということでしょう。そもそもソフトウェアの機能として作成されるものであり、相手方が独自の目的を持って作成しているわけではないということが作用しているようです。