Month: 3月 2007

東日本一周の旅へ

諸々がようやく終了したため、旅行に出かけました。

日帰りで新幹線と特急をできる限り乗る(しかもすべてグリーン車限定)という旅情のかけらもないもので、会社で同じ職場だった方の発案です。
その方と行くことにしたのですが、前日の激務がたたりその方が寝坊してしまい、途中まで一人で行く羽目になりました。

その方は飛行機で追いかけるとのことで、青森での合流を約して、一人大宮から新幹線に乗り込みました。

①3001B はやて1号(大宮7:22⇒八戸10:03)

はやてに限らず、ちゃんとしたグリーン車になるのは初めてだったのですが、非常に快適で驚きました。
ゆとりのある空間というのはいいものですね。
アテンダントが飲み物とおしぼりをくれましたが、そんなのなくても乗る価値があります。
長時間だと狭いと疲れてしまいますからね。

②4001M スーパー白鳥1号(八戸10:15⇒青森11:13)

写真は八戸駅で発車間際のスーパー白鳥1号です。
設定上、乗換時間が12分もあるのでじっくり写真を撮れると期待していたのですが、乗換改札が大混乱で、中々通れず時間を食ってしまいました。
土曜の朝一番だったためもともと利用が多いのと、改札通過のための適切な券種を投入しない例が多く、すぐに列がとまってしまいました。
まあこればかりは間違える方が悪いとはいえませんね。

スーパー白鳥には相当期待していたのですが、在来線を走るため乗り心地には新幹線に比べて難がありました。仕方ないことですが。
木をふんだんに使った内装でいい感じだとは思いますが、まだまだ新しいので全然問題ありませんが、将来くたびれてくると恐ろしく陳腐に見えてしまうのではないかと若干の懸念を感じました。


青森には3分の遅延で到着、青森空港に到着した方と合流まで時間があったので、青森駅のそばに係留されて展示されているもと青函連絡船八甲田丸を見に行きました。

誰もいない船内を一人で見て回るのは非常に不気味で船長室におかれている船長役のマネキンを見てびっくりしたり、センサーで人を感知したのか薄暗い車両甲板でいきなり説明の音声が流れてびびったりしました。
その後無事合流、再開発ビルの地下にある市場で海産物を買ってお土産としました。
とったのは北海道の漁業者が多いようでしたが、立派なものばかりでほっけとはたはたを買って帰りました。

③2044M かもしか4号(青森13:46⇒秋田16:22)

青森駅に戻って、非常に地味な特急かもしかのグリーン車に乗り込んで移動を再開しました。
青森発車時点で、グリーン車の乗客は私と追いついた会社の方の二人だけで、個室状態でした。
乗ったのは、クロハ481-1002でしたが車内は非常にぼろぼろで、線形があまりよくないのとあいまって非常に安っぽかったです。
この後、弘前でグリーン車にもう一人加わりましたが、秋田までこのままでした。
そりゃあ、追加料金を払う気にはならないだろうなと思うような感じです。



④2014M いなほ14号(秋田16:34⇒新潟20:07)

秋田からは、すぐの乗り継ぎで、いわくつきのいなほ14号に乗りました。
リニューアルを期待していたのですが、写真のとおり一般型で残念でした。
しかし、乗ったクロハ481-1018の車内は全面改装されており、非常に座り心地のよいシートに交換されていました。
フットレストがついており、シートを倒せばかなり楽な姿勢になるので、よかったです。
ただ長い間そのような格好をしていたらふくらはぎがつりました。
秋田発車時点でグリーン車には我々を含めて3人しかいなかったのですが、酒田で結構乗車がありました。

羽越線から見る日本海は絶景でした。
厳しい自然を感じさせる光景が広がっており、人を寄せ付けない厳しさを見ることができました。

⑤350C Maxとき350号(新潟20:16⇒大宮22:02)

最後は上越新幹線で大宮に戻りました。
Maxとき350号はE4系の方です。
このE4系のグリーン車が今日乗った中で一番よかった感じがしました。
フットレストがあるし、隣との間隔が広いし、後頭部を当てる部分に枕見たいのがあるしということで、かなりよかったです。
しかし、走行中、細かな振動が結構あるので、そのせいでかなり快適さが損なわれました。
走行性能の問題でしょうかね。

朝7時に大宮を出て、15時間後に戻ってきました。
全般的には結構快適でしたので、まだまだ体力は残っていました。
朝5時半おきて帰宅は23時過ぎでしたので、毎日の会社生活もこんな感じでしたが、オフィスにいるよりはるかに疲れませんでした。
好きなことなら疲れないということのいい証左ですが、好きなことばかりやっていられないのは世の常ですね。
勉学は望んだ道ですが、学者さんと違う望み方なので結構疲れるだろうなと思います。

一人で「はやて」の中にいるときや「いなほ」の中から日本海を見ながら、今後の人生の計画をどうするかそんなことを考えていました。

まごころを、君に

今日は最後の出社でした。

まったりと過ごせるのかと思っていたのですが、朝行くなり「よかった。今日はやることが沢山あるんだ」とのことで、終日忙しく働きました。
部長も激しく動き回り、皆があたふたする中で忙しくパソコンに向かいました。

年休消化に入る前と何も変わらない一日でした。

終業時刻に終礼で、営業部全体に対して挨拶をして拍手に見送られて帰るという情景を想像していたのですが、挨拶をした後、すぐに机に戻りそのまま仕事を続ける羽目になりました。

机の整理などは最終日にやればいいと思っていたので、仕事が片付いてからやることになり、帰宅は大変遅くなってしまいました。
拍手で送り出してくれる前に大半の社員は帰宅していました。

非常に感傷的でない終幕を迎えましたが、これもまた非日常な感じがしてそれほどひどいとは思いませんでした。
しかし、こんなことを半年くらい毎日繰り返していたのですから、大した忍耐力だったなと思いますし、これからもこれを続けていかねばならないほうは大変だろうと思います。

組織としてはどうも今ひとつでしたが、いる人たちは非常に善良な方が多かったです。
このアンバランスさには、複雑な思いを禁じえません。
仕事がうまく回っていないことにもういやだと思う一方で、非常にさびしい思いもあります。

とにかくこれで私の会社生活は終わりとなりました。
意図せざることとはいえ、わずか3年での退職となってしまい、新聞などで「新社会人の○割が入社三年までにやめてしまう」などという言説に当てはまってしまう事態となりました。
その点については非常に忸怩たる思いがあります。

一応前向きなステップアップのはずなので、前向きに法科大学院でも取り組んで行こうと思います。
東大は割りとスタート時点で差がついていることが多いので注意せねばなりません。

販売課送別会

今日は会社の送別会でした。
別に私のためというわけではなく、4月1日付で私のいる営業部販売課は、50人近いメンバーを送り出して、規模が一気に縮小されるのでそのことについての送別会です。

いくつかの組織がそっくりそのまま移るため、副課長以下メンバーが次々登壇していったのですが、やめてしまうのは私だけだったので、一人で壇に上がる羽目になり、目立って困りました。

お別れの挨拶をしたのですが、最終日くらいは来いといわれていたので、明日は出社するのです。
なんだか前後関係が変になってしまいました。

うらやましい

弟が屋久島に旅行に行っていて帰ってきたのですが、面白かったそうで、急に自分も出かければよかったと思いました。

将来への地盤固めのほうが先かと思い、人にあって情報収集をすることを優先したため、まだどこにも出かけていないのです。

これから行きます。

自己否定的言説

佐々木前東大総長がお書きになっていたことで私の頭から離れないのが、「日本のエリートは自己否定的である」というフレーズです。

いわゆる社会的にはエリートと見なされる層に自分の歩んだ道を子供にも歩ませようと思わない数が諸外国のそれと比べて著しく多いという話です。
確かに東大OB同士で話していて「子供は東大まで行かなくてもいいや」という話は結構、出ることがあります。

人生全般を考えると割に合わないということを実感しておりそこから出ている言なのだと思いますが、蓮實総長も「日本はもっとエリート社会になるべきである」といっていたことがあり、その真意は分かりませんが、二人の総長の言を知って、ようやくつながった感じもします。

私自身はどうかと今考えますと、自分が親になること自体が想像できないのですが、やはり私も躊躇する点はあります。
ただ私の場合、別に割に合わないとかそういう話ではなく、非常に神経質で心配性な私にとって東大への道のりは非常に精神的にきつかったため、こういう感じを味わうというのは気の毒だなと思ってしまうのです。

とは言いつつも、結局、私は東大に戻ってしまうのでした。
何歳まで生きられるか分かりませんが、このまま行くと人生の1割以上を東大で過ごしたことになるのは確実です。
変なことになったものです。

憂鬱にならない「憂鬱」

今日は一日家にいました。

年休消化に入ってから、毎日のように「涼宮ハルヒ」を楽しんでいます。
久しぶりに面白いと思うものに出会いました。
うちの弟は最初からこれはヒットすると思っていたそうで、すべて初版本でそろえていました。
たいした先見の明です。

アニメの方も非常によくできており、何回も繰り返してじっくり見てみました。
こんなに鑑賞に堪える作品は非常に久しぶりな気がします。

世間的にも大ヒットしていると思います。
そのことを実感したのは、出張で現場に行ったときです。
現場では製造業の会社でやっているのにならって、小集団活動を奨励しており、社員が作った団体をサークルと呼称しているのですが、ある現場のとあるサークル名が「SOS団」になっていました。

「おおっ」と好ましく思うよりは、「大丈夫か、このサークル」と思ったのが正直なところですが。

人脈の効用

今日も人に会いに外出してきました。
毎日のように、あちこち行ってますが、ちょっとずつ毎日得ているものがあり(情報ですが)、新しい進路を固めるのに役立っています。

あまり対人関係のよくない私ですが、特定分野の人たちには結構人脈があるのだなあと再認識しました。
いつも会っているのに休みの日にゴルフに行ったり、毎日会社終業後に飲みに行って組織内論理をさらに濃密にするような人間関係は願い下げですが、非常に刺激になる知り合いというのは非常にいいものですね。
別に自分が人間嫌いではないということを思い出しました。

以前あった際の話ですが、私の知人には結構、自分が人間嫌いであるという人がいます。
そういう人が「人のために働きたい」といって実際にそうしているのをみると若干不思議ですが、具体的な隣人を想定して嫌悪することとと抽象的に人の役に立ちたいと思うことはその人の中で矛盾していないのでしょう。

高校時代の友人と

今日は川越高校時代の友人と会ってきました。
普段のご無沙汰を一挙に解消しています。

川越高校の勉強はほとんど役に立ちませんでしたが、いい友人ができたのは確かで、これは大きな財産です。

もう10年以上たつのに、いまだに真面目なことから下らないことまで話のできる間柄で、非常に貴重です。

二度あることは…

この日は、前の職場の方たちが送別会をしてくれました。

非常にありがたいことで、うれしかったです。

不満がたまったまま終わった会社生活になることろでしたので、こういうことがあると、暖かい気持ちになりますし、考え直す点があります。

しかし、飲みすぎたせいか、またもや終電を途中で降りる羽目になり、川越まで迎えに来てもらいました。
週に二度同じことをするとは、さすがにあきれてしまいました。

だらだら

せっかくの休みなので旅行に行くとかしたのはいいのではないかといわれるのですが、二日に一遍くらいの割合で、人と会っているためまとまった時間が取れず、どこにもいけずじまいです。

会ってくれる方のほうに都合があるからこちらがあわせたら、飛び石になってしまいました。

毎日家でだらだらしていて、午後になると活動するような生活をしていると、勉強もあまり手につかないので考え物です。