民法は共有はなるべく早く解消されるべきであるという民法全体を貫いているテーゼを遺産分割の場面にも適用しており、その帰結として一度行った遺産分割の安定性に配慮した制度設計を採用しています。具体的には、遺産分割後に認知によって相続人が増えた場合には、遺産分割のやり直しではなく、価格賠償しかできないという仕組みになっているところに現れています。
第九百十条 相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしたときは、価額のみによる支払の請求権を有する。
さて、このような理論的背景があることを踏まえると、いざこの910条に基づいて価格賠償が請求された場合、遺産の評価はいつの時点にすればよいでしょうか。
遺産分割の一般論としては、分割の価格算定の基準時は、分割時又は審判時の時価とされています。
この一般論からいくと、価格賠償の支払い時になるのかもしれませんが、この点について最高裁が判例を出しましたので取り上げます。
最高裁判所第二小法廷平成28年2月26日 平成26(受)1312 価額償還請求上告,同附帯上告事件
この点について最高裁は以下のように判示しています。
相続の開始後認知によって相続人となった者が他の共同相続人に対して民法910条に基づき価額の支払を請求する場合における遺産の価額算定の基準時は,価額の支払を請求した時であると解するのが相当である。
なぜならば,民法910条の規定は,相続の開始後に認知された者が遺産の分割を請求しようとする場合において,他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしていたときには,当該分割等の効力を維持しつつ認知された者に価額の支払請求を認めることによって,他の共同相続人と認知された者との利害の調整を図るものであるところ,認知された者が価額の支払を請求した時点までの遺産の価額の変動を他の共同相続人が支払うべき金額に反映させるとともに,その時点で直ちに当該金額を算定し得るものとすることが,当事者間の衡平の観点から相当であるといえるからである。
以上から、最高裁は、価格支払請求時を基準時としました。
最高裁は以前からこの910条については、価格賠償で済ませる場合を限定的に解してまさに条文に書いてある通りの場面だけとする立場をとっていますので、その意味では基準時についても分割類似のことをするということにはならず、独自の考え方をとるということにつながると思われます。
価格賠償の支払い時にしてしまいますと、この910条がそもそも分割後の話ですので、分割からかなりたっていることになります。すると、時間の経過によって時価がどちらに転ぶのかはわかりませんが、ひとまず分割時の割合を決める根拠とした時価評価とかなり離れてしまうことになります。
そこで、なるべく近づけつつなんとかバランスをとるととなると、請求時ということがぎりぎりになり、それが衡平ということと思われます。
また、いわゆる遅延利息の点も争点となっており、この点については、価格支払請求は期限のない債務であると指摘しています。
民法910条に基づく他の共同相続人の価額の支払債務は,期限の定めのない債務であって,履行の請求を受けた時に遅滞に陥ると解するのが相当である。
いつ来るのか自体わからないものですので、これはその通りですが、評価の時期と離れることも遅延利息によってバランスをとることもできるという点も興味深いと思われます。
分割後に認知で相続人が追加されるということがどれほど発生するかは微妙ですので、本判例の影響は限定的なのかもしれませんが、相続法を貫く考え方に関わる点もあることから理論的には大きな意義を有するものであるように思われます。