日本ジャーナリズムの起源と現在


国連日本代表部の特命全権大使・国際連合日本政府次席代表に就任された北岡教授が東大法学部で受け持たれていた日本政治外交史の授業で、日本のジャーナリズムの誕生にふれた箇所がありまして、印象深くて覚えています。
明治日本になってはじめてジャーナリズムが誕生したわけですが、当初その仕事を担当したのは、字が書ける必要があったことから、統治者の身分から滑り落ちた江戸幕府や藩の武士たちだったそうです。
そのため自分たちの地位を失わせた新政府には恨みがあり、それが日本のジャーナリズムに特徴的な在野の気質、言い換えればやたらと政府に批判的で斜に構えた態度につながったというようなことを講義されました。(表現は一部私が要約してしまった点がありますのでご了承ください)
戦前は、原敬暗殺に関して「暗殺されるほうにも問題がある」などと書くなど、斜に構えすぎてテロを容認、ファシズムに進む心理的な土壌を用意してしまったふしがあったのですが、今日では、ハイサウンディングなことをもてはやす傾向があります。
現在の日本のマスコミが在野の気質とはいえないでしょうが、世論を誤らせてしまうようなことを書いてしまう明治以来の問題点を一部引き継いでいる点があるのは確かでしょう。
お堅い分野においてトレンドをおうのが最近の傾向なのですが、かなり複雑化している社会問題を、(それなりに調べているのでしょうが)、アマチュア的な視点から書いているために、かなり混乱した記事が最近見られます。
この間の日経で驚いたのは、豊島区の放置自転車税に総務省が同意を与えてしまいましたが、これを積極的に評価した記事でした。
地方分権と地方独自の財源を確保するのは最近の目新しい動きですが、何でも評価できるということにはできないと思います。
行政ができるのは法律で許された範囲内のことだけですので、自転車法を無視するような課税を同意してしまい、マスコミも評価してしまうのは法の支配を脅かす危険なことでしょう。
そもそも放置自転車は放置している側が一番悪い点には触れず、鉄道事業者の協力度合いによって課税額がかわる点などを紹介していますが、この課税方法はいいんでしょうか。
日経には中里教授もこの問題について寄稿されていたことですし、もっと深いところからの意見を書いて欲しかったです。
ITのおかげで、情報伝達や世論形成におけるマスコミの重要性は比較的下がってきていますが、こと新聞に関しては独占的地位があるために情報革命に促されての変革はあまり期待できない感じがあります。
公取委の悲願は、再販禁止除外品の撤廃ですが、その辺に期待するしかないんですかね。

About Arakawa

サラリーマン経験のある弁護士兼社会保険労務士 このサイトでは、ビジネス関連の法律ニュースをもとにして私見をお送りするブログです。 ●筆者紹介 埼玉県立川越高校卒 東京大学法学部卒 東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了(法学修士) 専攻・国際私法、国際取引法、会社法 某企業で法務担当というよりむしろ労務担当 東大ロースクール修了 新司法試験合格 弁護士登録 現在,弁護士兼社会保険労務士です。

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