アメリカのinjunction(事前差止め)に相当する制度が,日本の金融商品取引法にもありまして,証券関連の事件は被害が出てからは,まず回復は無理であるために,事前の防ぐための手段として用意されています。条文上は特に名前はないのですが,内容からのネーミングとして緊急差止命令と呼ばれています。
英米法の事前差止めに相当するので,裁判所に申し立てて発動を促すのですが,申立て権限は元来,金融庁長官にあります。しかし,一度も申し立てられたことはなく,当然発動もされたことがありませんでした。
金融商品取引法
第百九十二条 裁判所は、緊急の必要があり、かつ、公益及び投資者保護のため必要かつ適当であると認めるときは、内閣総理大臣又は内閣総理大臣及び財務大臣の申立てにより、この法律又はこの法律に基づく命令に違反する行為を行い、又は行おうとする者に対し、その行為の禁止又は停止を命ずることができる。
2 裁判所は、前項の規定により発した命令を取り消し、又は変更することができる。
3 前二項の事件は、被申立人の住所地の地方裁判所の管轄とする。
しかし,金商法改正でこの権限が証券取引等監視委員会にも与えられました。これによって申立てがされることがあるのではないかと思われていたところ,ついに実例の第一号が誕生しましたので取り上げます。
株式会社大経及びその役員に対する金融商品取引法第192条第1項に基づく裁判所への申立てについて:証券取引等監視委員会
これは大経という会社が,金融商品取引業の登録を受けていないのに,未公開株の取得の勧誘を繰り返しているという金商法違反(29条違反)に該当する事象に対してのもので,実際に購入してしまう人が出ないように対処しようということで,制度趣旨に合致する発動事例といえそうです。
この緊急差止め命令の申立ての権限が証券取引等監視委員会にも与えられる際には,同委員会が強く望んでのことでしたので,やる気があるのだろうといわれていました。よって,発動の機会を慎重に検討していたと思われますが,その結果としての第一号ということになろうかと思われます。
ちなみにこの申立てのための前提として当然,情報収集をしないといけませんがそれには187条が用意されており,今回もそれに基づく調査があったことが上記リリースに明示されています。
第百八十七条 内閣総理大臣又は内閣総理大臣及び財務大臣は、この法律の規定による審問、この法律の規定による処分に係る聴聞又は第百九十二条の規定による申立てについて、必要な調査をするため、当該職員に、次に掲げる処分をさせることができる。
一 関係人若しくは参考人に出頭を命じて意見を聴取し、又はこれらの者から意見書若しくは報告書を提出させること。
二 鑑定人に出頭を命じて鑑定させること。
三 関係人に対し帳簿書類その他の物件の提出を命じ、又は提出物件を留めて置くこと。
四 関係人の業務若しくは財産の状況又は帳簿書類その他の物件を検査すること。
証券取引等監視委員会の実務の形成を確認できる貴重な事例ではないでしょうか。