最高裁、定年で職を解かれた大学教員が労働契約上の地位の確認と賃金の支払い等を求めた裁判で、原審が職員に立証を促すことなく、当該事案の事実の下では大学側は定年退職の告知から1年間は賃金支払請求においては信義則上、定年退職の効果を主張することは出来ないと判断して、一部認容したのに対して釈明権不行使の違法があるとして破棄差し戻し


異様に長いタイトルで申し訳ないです。労働事件だと思って読んでいたら、なんと民訴の問題になってしまったという事件で、内容を適切に要約するのが困難でした。

愛知学泉大学に勤務していた教授X(原告、控訴人、被上告人)が、同大学の定年規程によって65歳で定年によって職を解くという辞令を受けたのですが、同大学は定年規程の定めがあるのにかかわらず、70歳を超えて勤務している教育職員が多数存在するという事例が多数存在しており、同大学の理事も、定年はないようなものであり、80歳くらいまで勤務することは可能ということをXにはなしていたという事実があったことから、Xが定年は80歳であるとして、労働契約上の地位確認と賃金の支払い等を請求したところ、最高裁はX一部勝訴の原審判決を破棄差し戻しをしました。

最高裁判所第一小法廷平成22年10月14日判決 平成20(受)1590 雇用関係存在確認等請求事件

この事件の最大の争点は、当然ですが、上記の本件事案の特殊な事実関係から、Xと愛知学泉大学の間で定年を80歳とする合意が成立しているかという点でした。

第一審と原審はこれを否定しました。これについて最高裁は理由を引用していませんが、理事が言ったに過ぎないことや発言内容があまり確定的な内容ではないことから否定したものだと思われます。

ところが、原審は定年80歳合意の成立は否定する一方、驚くべき法律論を突然持ち出して、Xの請求のうち賃金の支払請求について一部認容しました。

被上告人に対し,定年は実質はなきに等しく,80歳くらいまで勤務することが可能であるとの認識を抱かせていたのであるから,上告人には,少なくとも,定年退職の1年前までに,被上告人に対し,定年規程を厳格に適用し,かつ,再雇用をしない旨を告知すべき信義則上の義務があったというべきである。

(略)

上告人は,被上告人に対し,定年規程による満65歳の退職時期の到来後も,具体的な告知の時から1年を経過するまでは,賃金支払義務との関係では,信義則上,定年退職の効果を主張することができないというべきである。

 

これだと、期待を抱かせる言動を使用者側がすると、信義則上労働契約がないことを対抗できないことになりかねません。

期待権侵害ということならわからないでもありませんが、賃金請求を1年分も認めるということで大変大胆な法律論でした。

しかも、この攻撃防御方法の名前をつけるならば信義則違反とでもするのが適当なこの構成については、Xの主張にあったわけではなく、大学にとってもまったくもって突然のものでした。そこで最高裁はこの原審判決について釈明義務に反するとしました。

当事者双方とも,上告人が定年規程による定年退職の効果を主張することが信義則に反するか否かという点については主張していない。

また上記のほかに、最高裁は第一審と控訴審を通じてもっぱら争われたのは、定年合意の存否についてであったことを指摘して、二点をあわせて考慮して、結論を以下のように述べています。

信義則違反の点についての判断をするのであれば,原審としては,適切に釈明権を行使して,被上告人に信義則違反の点について主張するか否かを明らかにするよう促すとともに,上告人に十分な反論及び反証の機会を与えた上で判断をすべきものである。

よって、釈明義務がある場合であるということであり、主張を促すために破棄差し戻しをしています。

すると、Xが主張してまた同じ結論になるのではないかと思えないでもないですが、最高裁は以下のように述べており、法的構成についても争う余地があることを匂わせているかのようです。

従前の訴訟の経過等からは予測が困難であり,このような法律構成を採るのであれば,なおさら,その法律構成の適否を含め,上告人に十分な反論及び反証の機会を与えた上で判断をすべきものといわなければならない。

よって、今後も信義則上定年の効果が対抗できない場合という法的構成についての争いが続くことになりました。

信義則は融通無碍なものですから、あまりに極端な事実があれば信義則上対抗できないということはあるでしょう。よって、最高裁がそのような法的構成はないとしてここで決着をつけてしまわなかったのは確かに一理あるような気がします。

本件の事実に照らすと、上記に引用した程度の事実で信義則上対抗できないとすると大変なことになりかねず、かなり無理があるのではないかと思われます。

さて、民事訴訟法の点ですが、釈明権行使が義務になる場合については、判例の蓄積がありますが、学説では釈明義務とは、弁論主義を形式的に適用すると不合理な場合に修正するためのものとされています。

そして義務となる場合については、申立てに関する釈明をする場合としては、事実を前提とすると別の訴訟物とするのが適当な場合、事実及び主張に関する釈明をする場合については、通常人だったら他の事実を出してくるのがしかるべき場合と整理されています。

本件は事実としては出尽くしており、訴訟物も変わっておらず、法律構成の問題ですが、法律効果について裁判所が勝手に作り出してしまったために、事実は出ているからとして弁論主義をそのまま適用するととんでもないことになってしまう場合といえます。そこで釈明義務がある場合とされたわけで、これまでに判例で釈明義務が認められた事例とはややことなる色彩のある場合なのではないかと思います。

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About Arakawa

サラリーマン経験のある弁護士兼社会保険労務士 このサイトでは、ビジネス関連の法律ニュースをもとにして私見をお送りするブログです。 ●筆者紹介 埼玉県立川越高校卒 東京大学法学部卒 東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了(法学修士) 専攻・国際私法、国際取引法、会社法 某企業で法務担当というよりむしろ労務担当 東大ロースクール修了 新司法試験合格 弁護士登録 現在,弁護士兼社会保険労務士です。

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