会社分割で労働契約が承継されるはずの労働者が争ったので有名なIBM事件で、ついに最高裁判決がでました。
もともとの日本IBMがHDD部門を日立に売却したのですが、具体的には会社分割の手法を使う方法を採用したところ、IBMから移籍することにされた社員が労働契約の承継を争ったというものです。
会社分割は、事業に関して債権債務をまとめて移してしまうという点に特徴のある手法ですが、債権債務を労働契約の側面についてみると、民法625条1項にかかわらず、労働者の承諾なく転籍させることができることになります。
会社分割のうち労働契約に関する部分については、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律という法律に定めがあります。
同法によると、分割する事業に主として従事する労働者と、主として従事しないが会社分割契約に承継するとされて当人から異議のない労働者の労働契約は、当人の承諾なく承継されます。
会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律
第2条(労働者等への通知)
会社(株式会社及び合同会社をいう。以下同じ。)は、会社法第五編第三章及び第五章の規定による分割(吸収分割又は新設分割をいう。以下同じ。)をするときは、次に掲げる労働者に対し、通知期限日までに、当該分割に関し、当該会社が当該労働者との間で締結している労働契約を当該分割に係る承継会社等(吸収分割にあっては同法第七百五十七条に規定する吸収分割承継会社、新設分割にあっては同法第七百六十三条に規定する新設分割設立会社をいう。以下同じ。)が承継する旨の分割契約等(吸収分割にあっては吸収分割契約(同法第七百五十七条の吸収分割契約をいう。以下同じ。)、新設分割にあっては新設分割計画(同法第七百六十二条第一項の新設分割計画をいう。以下同じ。)をいう。以下同じ。)における定めの有無、第四条第三項に規定する異議申出期限日その他厚生労働省令で定める事項を書面により通知しなければならない。
一 当該会社が雇用する労働者であって、承継会社等に承継される事業に主として従事するものとして厚生労働省令で定めるもの
二 当該会社が雇用する労働者(前号に掲げる労働者を除く。)であって、当該分割契約等にその者が当該会社との間で締結している労働契約を承継会社等が承継する旨の定めがあるもの
このように承諾なくして労働契約が承継されてしまうと労働者にとっては不利益になることがありうるので、手続き的に保護が図られています。
具体的には、以下の手続が定められています。
- 7条措置
- 5条協議
- 労働者・労働組合に対する通知
7条措置とは、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律7条に定められている努力義務の規定です。
第7条(労働者の理解と協力)
分割会社は、当該分割に当たり、厚生労働大臣の定めるところにより、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとする。
5条協議とは、商法の改正附則にある協議を義務付けるというものです。
商法改正附則(平成12・5・31法90)
(労働契約の取扱いに関する措置)
第五条 会社法(平成十七年法律第八十六号)の規定に基づく会社分割に伴う労働契約の承継に関しては、会社分割をする会社は、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(平成十二年法律第百三号)第二条第一項の規定による通知をすべき日までに、労働者と協議するものとする。
2 前項に規定するもののほか、同項の労働契約の承継に関連して必要となる労働者の保護に関しては、別に法律で定める。
この5条協議を行わなかった場合には、会社分割の無効事由になると解されています。
さらに上記の会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律2条に基づく通知が必要になるわけです。
このような手続の保障が労働者にはあるわけですが、これらの手続の懈怠があった場合にどうなるでしょうか。
会社法に特に定められた組織再編の手法であることから考えると、会社分割無効の訴えでしか争えず、労働者が労働契約が承継されないと主張するにも分割無効の訴えの中でしかできないように思われます。
しかし、そうだとすると労働者の利益を守るために、会社分割すべてを覆すことになってしまいます。これではあまりに影響が大きすぎるということで、菅野説をはじめとして個別に救済を図ればよく、必ずしも分割無効とする必要はないとする見解が主張されてしました。
以上の事実と法律の仕組みと解釈論を前提とした上で、分割無効の訴えではなく、労働契約上の地位確認請求の形で、日本IBMの労働者が争ったのが本件の訴訟です。
最高裁判所第二小法廷平成22年07月12日判決 平成20(受)1704 地位確認請求事件
一審原告であり上告人でもある労働者は、本件では、5条協議が不十分であり、労働契約承継の効力は生じないという主張をしていました。
これに対して最高裁は、法律論として5条協議に瑕疵がある場合のの効力について以下のように判示しました。
5条協議が全く行われなかったときには,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものと解するのが相当である。
また,5条協議が行われた場合であっても,その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため,法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には,分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。
その理由としては、当然に労働契約が承継されてしまう代わりに、5条協議が要求されているということを指摘しています。
この「労働契約承継の効力を争うことができる」という部分は、労働契約上の地位確認請求の形をとったことを是認したものといえ、会社分割について分割無効の訴えを経ないで争うことができることを認めたことになります。これは上記の菅野説の見解と一致するものといえますが、妥当なところだと思います。
さらに上記の7条措置に反した場合の効力についても以下のように判示をしています。
分割会社は,7条措置として,会社の分割に当たり,その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされているが(承継法7条),これは分割会