少し前の最高裁判決を取り上げます。
不法行為の使用者責任(民法715条)は、過失責任ですが、免責されることはまずないというのは有名な話ですが、使用者責任の追求を認めなかった珍しい判例が出ましたので、取り上げます。
最高裁判所第三小法廷平成22年03月30日判決 平成21(受)1780 損害賠償請求事件
これは、もともと貸金業を営む会社の従業員が、会社の貸金の原資にすると欺罔して被害者から金員を詐取したという事案でした。
被害者は使用者責任の追及をして、貸金業者を訴えたところ、最高裁は請求を認めた原審を破棄自判して請求が棄却されました。
使用者責任の要件は以下の条文からわかるとおり、不法行為自体が事業の執行に付行われたことが必要です。
第715条(使用者等の責任)
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
「事業の執行について」の要件に関して、判例は外形理論という考え方をとっており、以下のように判示しています。
民法七一五条に規定する「事業ノ執行ニ付キ」というのは、必ずしも被用者がその担当する業務を適正に執行する場合だけを指すのでなく、広く被用者の行為
の外形を捉えて客観的に観察したとき、使用者の事業の態様、規模等からしてそれが被用者の職務行為の範囲内に属するものと認められる場合で足りるものと解すべきである
よって、当該不法行為が外形上、職務行為の範囲内に属すると客観的にみることができるような行為であるなら、事業の執行につきということができることになります。
もっとも、営業用車による交通事故の類ではとっさに外形を信頼するとかは非現実的ですので、この基準は妥当しないと学説からは言われており、外形理論は取引行為方不法行為にしか妥当しないといわれていますが、本件は取引行為の外形を有してますので、外形理論に照らしてどうなるかが問題となります。
しかし、本件では、最高裁は以下のように判示して、上記昭和39年判決の外形理論をそのまま引用することはしませんでした。
上告人は貸金業を営む株式会社であって,Aを含む複数の被用者にその職務を分掌させていたことが明らかであるから,本件欺罔行為が上告人の事業の執行についてされたものであるというためには,貸金の原資の調達が使用者である上告人の事業の範囲に属するというだけでなく,これが客観的,外形的にみて,被用者であるAが担当する職務の範囲に属するものでなければならない。
この判示になったのは原審の判示に理由があるように思われます。
原審は、貸金業をしているなら資金を集めることが事業の範囲に属することは当然であるので、そこから直ちに「事業の執行につき」を肯定していました。
しかし、上記昭和39年判決に照らしても、「事業の執行につき」を満たすかで検討しないといけないのは、不法行為をした当の被用者の職務範囲に属すると外形上判断できるかであり、使用者の事業の範囲に属すればよいとしたわけではありません。
使用者の事業の範囲から「事業の執行につき」を肯定するには、当該被用者の代理権等についての検討をしなければいけないはずであり、それを欠いているというわけです。
貸金業者の被用者というだけでは、当然には外形上、資金を集めることが職務行為の範囲に入らないことが作用していると思われます。
よって外形理論を貸金業者に対して適用する場合として上記のような判示になったものといえると思われます。
使用者責任を否定した事例は珍しいですが、その判示内容としては従来からの判例理論の延長上にあるものといえるのではないかと思われます。