従業員が自分の営業成績をあげるために架空の売上げを計上したことから、同事実の公表によって株価が下落したとして代表取締役に責任があるとして、代表者の責任について会社に損害賠償責任を追及した(会社法350条)訴訟で最高裁判決が出ました。この事件は当該企業の名前を取って日本システム技術事件と通称されています。
最高裁判所第一小法廷平成21年07月09日判決 平成20(受)1602 損害賠償請求事件
取締役は善管注意義務と忠実義務を負っていますが、これだけでは抽象的に過ぎます。経営判断については経営判断原則によって判断されますが、このほかに具体的な義務がいくつか解釈で確立されてきました。
それが取締役相互間での監視義務とリスク管理体制構築義務です。リスク管理体制構築義務については、いわゆる日本版SOX法より前から裁判例(大和銀行株主代表訴訟事件において言及されました)によって認められていたことに注意が必要です。
リスク管理体制構築義務に反したか否かについては、判断がそれほどあるわけではないのですが、発生した不祥事と具体的にどのような体制を構築していたかの事実関係から判断することになります。
そこでこの事件の事実関係を見てみます。
この件の従業員の架空売上げ計上の手法は極めて巧妙です。
- 販売の相手方が限定的である特殊な事業であるため、相手方の偽造印を作って注文書を偽造
- 別の部署が販売に応じて相手方に送付する検収依頼書を相手方に渡らないようにして検収したように装う資料を作成
- 財務部、監査法人が相手方に送付する売掛金残高確認書は相手方に虚偽を伝えて開封することなく回収して、残高を確認した用紙を作成して勝手に返信
このようにして、いくつか用意されている確認のための制度をすべて手を回してふさいでしまうことで発覚を防いでいました。
原審は、上記のように確認のための手段が、頑張って企図すれば不正ができてしまう程度のものでしかなかったことを捉えて、適切なリスク管理体制を構築していなかったと評価して過失があると判断しました。
これに対して最高裁は、判断を一変させて、過失はないと判断しました。
上記に出ている仕組みについては、一応、事業部門と財務部門の分離やチェックの仕組みが構築されていることから、
通常想定される架空売上げの計上等の不正行為を防止し得る程度の管理体制は整えていた
と評価しました。
これに対して当該従業員のした上記のような不正は巧妙を極めているとして、
通常容易に想定し難い方法によるものであったということができる
としました。
加えて、以前に同種の不正行為はなかったことと、架空売上げなので売掛債権が大量にたまっている状況になっていたのに疑問に持たなかったのはおかしいという批判がある点に配慮をして、相手方とは紛争を生じたことがなかったことを指摘して、すべてをまとめてリスク管理体制構築義務に違反した過失はないとしました。
原審の言うように、抜け穴があるような不正防止の仕組みしかできていないのは過失があるといえるように思えないでもないですが、完全な不正防止システムを構築したらどう考えても費用倒れでしょうし、ちゃんとしている会社でも多かれ少なかれ抜け穴のあるような仕組みにとどまっていると思われます。
よって、最高裁の判断は現実的な判断として妥当なものだと思われます。
この判例の射程を判断するのは難しいですが、リスク管理体制構築義務に関する判例として会社がどこまでシステム整備をすればいいかについて、重要な基準を示すものになるように思えます。通常容易に想定できる不正に対処できる程度の体制を構築すればよいという基準となるのではないかと考えられます。
余談ですが、これは代表訴訟や取締役に対する責任追及ではなく、代表者の責任を根拠に会社に損害賠償請求をした350条の事件です。勉強している分にはあまり注目されませんが、このような条文もあることを確認しておきましょう。
第350条(代表者の行為についての損害賠償責任)
株式会社は、代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。