日経に月一回おまけでついてくるNIKKEI MAGAZINEという大判の別紙みたいのがありますが、今日ついてきた分を読んでいたら、この間のお相撲さんのイスラエル訪問の話が取り上げられていました。
イスラエル訪問を肯定的に捉えた記事なのですが、記者の個人的に経験したことが書かれており、ユダヤ教の教師(要するに宗教関係者)に相撲の起源は旧約聖書にあるといわれたという下りがありました。
記者はこういわれたことに対して特にどうという感想は持たなかったようですが、世界のすべてはユダヤに起源を生じ、真理を知っているのは自分たちだけというユダヤ独特の世界観が良く現れているなと感じました。
日本人はユダヤ人を特にどうこう思わないのでこういう話ですみますが、長い付き合いのある隣人たちは、ユダヤ人に自分たちが特別であるという主張をことあるごとに執拗に主張され、それに憎悪を燃やした結果、今日でも解決していない問題が現出させたわけです。
ローマ時代から、ユダヤ人のこうした姿勢は時に属州ユダヤでの大規模な反乱につながり帝国にとって我慢ならないものでした。
ローマ帝国は多神教国家で、一神教のことをタキトゥスの言ですが「宗教ではなく迷信」といっていたくらいで、ユダヤ人の特殊性は尊重しつつも根底にはマグマに似た感情があったのでした。
今日の問題は、究極的にはイェルサレムの問題に集約されてしまうので、解決が非常に困難です。豊かな土地がほしいとかそういう問題ではなく、宗教的なこだわりであるために合理的な解決が難しいためです。
しかし、宗教的とはいっても一貫しておらず、ユダヤ人がどうしても守り通したい聖地イェルサレムは昔のイスラエルの首都とは異なります。
皇帝ハドリアヌスによって破壊されてしまったため、今日のイェルサレムはローマ式の都市デザインそのままになっています。名前もイェルサレムではなくアエリア・カピトリーナでした。
それでも今のイェルサレムがいいというのはなんだか矛盾に感じます。
教条というのは頑ななまでに一貫しているのかと思ってしまいますが、そうでもないようです。
イスラエルの軍事行動によって、世界のニュースから北朝鮮のミサイルは消し飛んでしまいました。
CNNでは国連決議のことなどちょっとしか触れませんでした。
これは日本にとって不幸だったのか、ミサイルでアメリカの気をひきたい北にとって不幸だったのか判断はつきかねますね。